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東京高等裁判所 平成5年(ネ)1872号 判決

控訴人(被告) 中央スバル自動車株式会社

右代表者代表取締役 星富雄

右訴訟代理人弁護士 渡部晃

同 安念潤司

控訴人(被告) 日本ランクル株式会社

右代表者代表取締役 岡野誠

右訴訟代理人弁護士 池谷昇

同 永田泰之

右訴訟復代理人弁護士 加藤貞晴

被控訴人(原告) ワイケイ・ファイナンス株式会社

右代表者代表取締役 三海敏昭

右訴訟代理人弁護士 池田達郎

同 白河浩

同 武井洋一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて各自弁とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人ら

1. 原判決を取り消す。

2. 被控訴人の請求を棄却する。

3. 訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

1. 本件控訴を棄却する。

2. 控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、当事者双方の事実上並びに法律上の主張の要旨は、控訴人らの当審における主張ならびにこれに対する被控訴人の反論を次項のとおり付加するほかは原判決摘示(原判決中「第二 事案の概要」)のとおりであるからこれを引用する。

二、当事者の当審における主張とこれに対する反論

(控訴人らの主張)

1. 本件賃貸借契約が詐害的でないことについて

抵当権設定登記後に登記された短期賃貸借が抵当権者に損害を及ぼすか否かは、ただ競売物件の評価額が賃貸借契約を前提にした場合とそれを除いた場合とで異なるとの一事で判断してはならず、解除の実体要件のうち控訴人らが原審で主張したことがら(その要旨は原判決一一頁冒頭から同一二頁六行目までに記載されたとおりである。)をも斟酌した上で決定されなければならない。そして、右の事情を考慮するときは、本件賃貸借契約は抵当権者である被控訴人に対して詐害的であるということはできない。

原判決は、一方では、本件賃貸借契約が、差押えの効力が生じた後に期間が満了したのであるから、たとえ賃貸借契約の趣旨に従い更新され、かつ更新の期間と当初の賃貸借契約期間とを併せても民法六〇二条三号の定める期間を超えないとしても、これをもって抵当権者に対抗することができないものであるが、解除の成否により不動産競売手続における買受人の引渡命令の申立てにおいて結論に差が生じ得るとして、賃貸借契約解除の訴えの利益を認めておきながら、解除の要件に関して控訴人らが主張した右の各事情について何の判断をも加えていない。

2. 保証金返還義務の引受について

控訴人中央スバルは、本件賃貸借契約に従って保証金五億円を控訴人日本ランクルに支払ったのであるが、当初抵当権者である被控訴人に対抗し得るものであった本件賃貸借契約が、差押えの効力が生じた後に期間が満了したからといって、抵当権者に対抗し得なくなるばかりか、右保証金返還義務も買受人に引き継がれなくなるというのは不合理であって、契約が解除されなければ引き継がれると解することができるのである。また、仮に契約解除の有無にかかわらず、当該保証金返還義務が、本件各建物の買受人に引き継がれないというのであれば、保証金の支払いがあるからといって、本件賃貸借が抵当権者を害するものであるとはいえないはずである。

(被控訴人の反論)

控訴人らの主張はいずれも争う。本件各建物の競売手続における評価額は、本件賃貸借契約を前提にした場合とそれを除いた場合とで大きな差があるというにとどまらず、そもそも本件根抵当権の共同抵当物件の評価額が、本件賃貸借契約が存在しないとしても被控訴人の被担保債権の額を大幅に下回るのであるから、本件賃貸借契約の存在自体によって被控訴人に損害を及ぼしているということができる。控訴人は、短期賃貸借契約の解除の要件に関して、本件賃貸借契約が詐害的でなかったことを主張するのであるが、ことさら詐害的な賃貸借契約でなくとも、抵当権者に損害を及ぼすときは解除を求めることができるのである。

なお、控訴人中央スバルは、本件賃貸借契約により差押の効力発生前である平成三年三月一日ころから本件各建物を占有しているのであるから、たとえ差押登記の後に期間が満了した場合であっても、引渡命令の相手方とはならないのであって、このことが買受申出額にも影響を与えることが考えられるのであるから、賃貸借契約を解除する必要があることも明らかである。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、当裁判所は、被控訴人の請求は理由がないと判断するものである。その理由は次のとおりである。

被控訴人が、本件根抵当権に基づき担保権の実行としての競売の申立てをし、平成四年三月六日、不動産競売開始決定がされて、その旨差押えの登記がされたこと、本件賃貸借契約は平成三年三月一日から平成五年二月末日までをその期間とするものであったことは当事者間に争いがない。そうすると、現在では、控訴人らは被控訴人に対し、本件賃貸借の存在を主張することが許されないことは明らかである。

短期賃貸借の解除は、その短期賃貸借の内容(賃料の額又は前払の有無、敷金又は保証金の有無、その額等)により、これを抵当権者に対抗し得るものとすれば、抵当権者に損害を及ぼすこととなる場合に認められるのである(例えば最高裁平成三年三月二二日第二小法廷判決、民集四五巻三号二六八頁参照)から、控訴人らが抵当権者である被控訴人、したがってまた担保権実行により買受人となった者に対して本件賃借権を対抗し得なくなった以上、本件賃貸借があることによる不動産の価値の減少はなくなるはずで、本件賃貸借があることによる損害を考える余地はない。したがって本件請求は理由がないというべきである。

確かに、原判決が指摘するとおり、当初抵当権者に対抗することができた短期賃貸借が差押え後の期間満了により抵当権者に(したがってまた買受人に)対抗することができないこととなった場合に、買受人が当該買受不動産の引渡(又は明渡。以下同じ。)を得るために引渡命令を求めることができるかどうかについては、裁判所の実務上は取扱が岐れており、賃貸借解除の判決が確定している場合に限って引渡命令を求めることができるとの見解による取扱もある。そして、買受人が引渡命令を求めることができるか、それとも引渡を求める訴えを提起するほかないかが、実際問題として、買受申出をするかどうかや、買受申出価額の決定に若干の影響を及ぼすこともあり得ることであろう。しかし、本来買受申出をするかどうかや、買受申出価額の決定に当たって第三者の占有を考慮するに際して、もっとも重要な要素になるのは買受物件の占有者に占有権原があるかどうかであり、次いでその占有権原がないか又は買受人に対抗できない場合には、第三者が任意に引き渡してくれるかどうかの見通しのはずである。そして、強制執行又は担保権の実行による競売が債務者(又は所有者。以下同じ。)及び占有者の意に反して強制的に実行される手続きであるとはいっても、とくに悪質な債務者とか占有者(俗に、事件屋などと呼ばれる者など)でない限り、通常は任意の引渡も十分期待できるはずである。したがって、引渡命令を求めることができるか、訴え提起の方法によるしかないかが多くの場合(前記の悪質な債務者や占有者がある場合でない限り)買受申出の有無や買受価額に影響があることを前提にすることには疑問がある(なお、濫用的な短期賃貸借については、これを無視して引渡命令を求め得ることは、実務上確立された取扱である。)。ことに差押えの効力により占有権原が否定される本件のような場合には、現時点において占有者が買受人に占有権原を対抗できないことは明確であり、引渡命令を求め得るかどうかが買受申出の有無や買受申出価額に実質的な影響を及ぼすと考えることは、理論的には困難である(心理的な影響はあるかもしれないが、多くの場合これは未だ法的に考慮すべき影響とすることはできない。なお、念のため触れておくが、本件賃貸借が現時点ではすでに抵当権者(したがってまた買受人)に対抗し得なくなった以上、本件各建物の評価は改められるはずであり、最低売却価額も改められるべきことになる。)。当事者に迷惑を掛けることのないように、裁判所の実務の取扱がなるべく早く統一されることが望ましいことはもとよりであるが、それはそれとして、裁判所の実務の取扱が岐れていること、ことに賃貸借契約解除の確定判決があるかどうかによって引渡命令を求めることができるかどうかが岐れるという見解に基づく取扱があることを根拠に、民法三九五条但し書きの類推適用を認めることには無理があるといわざるを得ない(この論法をもってすれば、当該民事執行事件を管轄する裁判所の取扱の如何により請求の当否が左右されることになり、いかにもおかしい。)。原判決が、買受人の実際の心理や不動産競売の実状を考慮し、裁判所の取扱の不統一の結果を当事者に帰せしめることのないよう配慮した苦心のほどは理解できるが、占有者の側の事情も考慮する必要があり、また理論的に検討してみると原判決の論法はいささか本末転倒の嫌いがあるといわざるを得ず、当裁判所の賛同するところではない。

二、よって、被控訴人の請求は理由がなく、棄却すべきところ、これと結論を異にし、控訴人日本ランクルと同中央スバルとの間の本件賃貸借契約を解除した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、本件の審理の経過に鑑み、訴訟費用の負担についてはこれを各自弁と定め、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 小川英明 曽我大三郎)

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